完投時代の終焉とリリーフの台頭
NPB の黎明期から 1980 年代まで、先発投手の完投は当然の責務であった。1960 年代の稲尾和久は年間 42 完投を記録し、1970 年代でも先発投手が 20 完投以上を達成することは珍しくなかった。リリーフ投手は「先発できない投手」という位置づけであり、敗戦処理やロングリリーフが主な役割であった。転機は 1990 年代に訪れる。投手の分業制が進み、先発・中継ぎ・抑えという三段階の役割分担が確立された。この変化の背景には、投手の故障予防に対する意識の高まりと、短いイニングに全力を注ぐリリーフ投手の方が高いパフォーマンスを発揮できるという認識の広がりがあった。2020 年代の NPB では先発投手の完投数はリーグ全体で年間 20〜30 試合にまで減少し、完投は「特別な出来事」となった。
セーブ制度と「9 回の男」の誕生
NPB にセーブが公式記録として導入されたのは 1974 年である。セーブの導入は抑え投手の価値を可視化し、「9 回を任される男」という特別なステータスを生み出した。佐々木主浩は 1998 年に 45 セーブを記録し、抑え投手が MVP を受賞するという前例を作った。岩瀬仁紀は通算 407 セーブという NPB 記録を樹立し、抑え投手のキャリアとしての確立を象徴する存在となった。しかし、セーブという指標自体への批判も存在する。3 点リードの 9 回表に登板して三者凡退に抑えるのと、1 点リードの 8 回二死満塁で登板して火消しするのでは、後者の方が圧倒的に難しいにもかかわらず、セーブがつくのは前者だけである。この矛盾は「セーブ機会に固執する起用法」を生み、最も優秀なリリーフ投手が最も重要な場面で使われないという非効率を招いている。
勝利の方程式という発明
NPB 独自の概念として「勝利の方程式」がある。7 回・8 回・9 回をそれぞれ専任のリリーフ投手が担当する継投パターンで、2000 年代に定着した。JFK (ジェフ・ウィリアムス、藤川球児、久保田智之) に代表されるこの概念は、リリーフ投手に明確な役割と登板イニングを割り当てることで、心理的な準備と身体的なルーティンを安定させる効果がある。一方で、勝利の方程式への過度な依存は柔軟性を失わせる。7 回の投手が打たれた場合に 8 回の投手を前倒しで使うと、9 回の投手の登板が不確定になるという連鎖的な問題が生じる。MLB では「ハイレバレッジ」の概念が浸透し、試合の勝敗への影響度が最も高い場面に最良のリリーフ投手を投入する柔軟な運用が主流になりつつある。NPB でもこの考え方は徐々に広まっているが、勝利の方程式の文化は根強い。
データが変えたリリーフ投手の評価
セイバーメトリクスの普及は、リリーフ投手の評価基準を根本的に変えた。従来はセーブ数とホールド数が主要な評価指標であったが、現在は WPA (勝利確率付加)、LI (レバレッジ指数)、FIP (守備独立防御率) といった指標が重視される。WPA はリリーフ投手が登板した場面の重要度を加味して貢献度を算出するため、セーブ数では見えない「本当に試合を救った投手」を特定できる。LI は登板場面の緊迫度を数値化し、高い LI の場面で好成績を残す投手が真のエースリリーバーとして評価される。NPB の球団もこれらの指標を内部的に活用しており、年俸交渉でもセーブ数だけでなく WPA を根拠に提示する選手が現れている。データの民主化は、リリーフ投手の「見えない貢献」を可視化し、ポジションの価値を正当に評価する方向に進んでいる。
未来の守護神像 - オープナーと複数イニング
リリーフ投手の運用は今後さらに変化する可能性がある。MLB で 2018 年にタンパベイ・レイズが導入した「オープナー」戦術は、リリーフ投手が初回を投げ、2 回以降を本来の先発投手が引き継ぐという革新的な手法であった。打線が最も強力な 1〜3 番打者と対戦する初回を、球威のあるリリーフ投手に任せることで失点リスクを下げる狙いがある。NPB ではオープナーの本格的な導入例はまだ少ないが、先発投手不足に悩む球団が実験的に採用するケースが出始めている。また、抑え投手の複数イニング登板も議論されている。1 イニング限定の起用は投手の能力を十分に活用していないという指摘があり、重要な場面では 8 回から 2 イニングを任せる運用が合理的とされる。守護神の定義は「9 回を投げる投手」から「試合を締めくくる投手」へと拡張されつつある。