吉田正尚の小さな巨人 - オリックス 3 連覇の主砲から MLB へ

オリックスの主砲

吉田正尚は 2016 年のドラフト会議で 1 位指名を受け、オリックス・バファローズに入団した。福井県福井市出身で、敦賀気比高校時代から左打者として注目を集め、青山学院大学では東都大学リーグで通算打率 .347 を記録するなど、大学球界を代表する打者に成長した。身長 173cm、体重 85kg という NPB の中でも小柄な部類に入る体格だが、下半身を中心とした徹底的なフィジカルトレーニングによって、体格のハンデを補って余りあるパワーを身につけている。 プロ入り後は 1 年目こそ故障の影響で出場機会が限られたものの、2 年目の 2017 年から一軍に定着。2018 年には打率 .321、26 本塁打、86 打点を記録し、オリックスの中軸打者としての地位を確立した。その後も安定した成績を残し続け、2020 年には打率 .350 という驚異的な数字を残している。そして 2021 年、打率 .339、21 本塁打、72 打点、OPS .942 を記録して自身初の首位打者を獲得。翌 2022 年にも打率 .335、21 本塁打、88 打点で 2 年連続の首位打者に輝いた。 吉田の打撃を語る上で欠かせないのが、三振の少なさである。2022 年の三振数はわずか 41 で、規定打席到達者の中では NPB 最少クラスだった。同年の打席数 525 に対する三振率は約 7.8% にすぎず、これは同時期の NPB 打者の平均三振率を大きく下回る数字である。コンパクトなスイングから生まれる鋭いライナー性の打球は、内野手の間を抜けるヒットにも、スタンドに届く本塁打にもなる。この「三振しない長距離砲」という稀有な特性こそが、吉田正尚を NPB 屈指の打者たらしめている要因である。

オリックス 3 連覇の中心

オリックス・バファローズは 2021 年から 2023 年にかけてパ・リーグ 3 連覇を達成したが、その攻撃面の中心にいたのが吉田正尚だった。2021 年のリーグ優勝は、前身の近鉄バファローズ時代を含めても 1996 年以来 25 年ぶりという歴史的な快挙であり、長年低迷していたチームを復活させた立役者の一人が吉田である。 2021 年シーズン、オリックスはシーズン終盤にロッテとの熾烈な首位争いを繰り広げた。最終盤まで 0.5 ゲーム差以内のデッドヒートが続く中、吉田は 9 月以降の打率 .361 と勝負強さを発揮し、チームを優勝に導いた。この年の日本シリーズではヤクルトに敗れたものの、吉田個人はシリーズ打率 .316 と存在感を示している。 翌 2022 年は、山本由伸がシーズン MVP を獲得する圧倒的な投球を見せる中、打線の中核として吉田が機能した。3 番打者として出塁率 .421 を記録し、後続の打者に回す役割と自らランナーを返す役割を高い次元で両立させた。日本シリーズではヤクルトとの再戦を制し、球団として 26 年ぶりの日本一に輝いた。吉田はシリーズ第 6 戦で決勝打を放つなど、大舞台での勝負強さを改めて証明した。 吉田の打撃は「ボールを捉える技術」に特化しており、空振りが極めて少ない。バットの芯でボールを捉える確率の高さは NPB でもトップクラスであり、その精密なバットコントロールは MLB のレジェンド、トニー・グウィンに例えられることもあった。グウィンは通算打率 .338 を誇り、キャリアを通じて三振よりも四球が多いという稀有な打者だったが、吉田もまた NPB 時代に同様の傾向を示していた。山本由伸、宮城大弥、山崎福也といった投手陣の充実に加え、吉田という絶対的な打の柱がいたからこそ、オリックスの黄金時代は実現したのである。

MLB ボストンへ

2022 年シーズン終了後、吉田はポスティングシステムを利用して MLB 挑戦を表明した。複数球団が獲得に動いた中、最終的にボストン・レッドソックスと 5 年総額 9000 万ドル (当時のレートで約 120 億円) の大型契約を結んだ。この契約額は、ポスティングで MLB に移籍した日本人野手としては当時最高額であり、吉田の打撃力に対する MLB 各球団の評価の高さを物語っている。 レッドソックスが吉田を高く評価した理由の一つに、フェンウェイ・パークとの相性がある。フェンウェイ・パークは左翼に「グリーンモンスター」と呼ばれる高さ 11.3m の壁がそびえ立つ独特の球場で、左中間方向への鋭いライナーを打てる打者に有利とされる。吉田の打球傾向は、まさにこの球場特性と合致していた。 MLB 1 年目の 2023 年、吉田は 140 試合に出場し、打率 .289、15 本塁打、72 打点、OPS .788 を記録した。MLB の平均打率が .248 だった同年において、.289 という数字は十分にハイレベルである。特筆すべきは三振率の低さで、打席あたりの三振率 13.5% は MLB 全体でも上位に入る数字だった。MLB の投手は NPB と比較して平均球速が約 5km/h 速く、変化球の曲がり幅も大きいとされるが、吉田はその環境にも適応してみせた。 一方で課題も見えた。NPB 時代と比較すると長打率がやや低下し、本塁打数も 15 本にとどまった。MLB の広い球場と硬いボールへの適応には時間を要する部分もあり、2 年目以降のさらなる成長が期待された。吉田は NPB で培った打撃技術をベースにしながらも MLB の環境に合わせた微調整を模索しており、日本式の技術と MLB への最適化の両立を目指している。

吉田正尚の打撃哲学

吉田の打撃哲学の根幹にあるのは「ボールを最後まで見て、バットの芯で捉える」というシンプルな原則である。一見すると当たり前のことのように聞こえるが、150km/h を超える速球や鋭く変化するブレーキングボールに対してこれを実践し続けることは、並大抵の技術では不可能である。吉田はこの原則を体現するために、独自のトレーニング体系を構築してきた。 オリックス時代、吉田は打撃練習において「芯で捉える感覚」を徹底的に磨いた。ティーバッティングでは通常よりも小さいボールを使用し、バットの芯に当てる精度を高める練習を繰り返した。また、試合前のフリーバッティングでは飛距離よりも打球の質にこだわり、ライナー性の打球を打ち続けることを重視した。この練習哲学は、試合での「無駄な力を入れずにスイングする」という吉田のアプローチに直結している。 173cm という体格は MLB では明らかに小柄な部類に入る。MLB の平均身長は約 185cm であり、吉田より 12cm も高い。しかし吉田は「体格ではなく技術で勝負する」と一貫して語り、パワーに頼らない打撃スタイルを貫いている。吉田のスイングは、下半身の回転力を効率的にバットに伝えるメカニズムが特徴で、体格以上のパワーを生み出す。これは筋力トレーニングだけでなく、スイングの力学を研究し尽くした結果である。 吉田の成功は、MLB における日本人打者の新たなモデルケースを提示している。大谷翔平は 193cm の恵まれた体格と圧倒的なパワーで MLB を席巻したが、吉田は対照的に、技術とコンタクト能力で勝負するスタイルである。イチローが巧みなバットコントロールと俊足で MLB に革命を起こしたように、吉田もまた「小さな体で大きな仕事をする」という日本人打者の系譜を受け継いでいる。体格に恵まれない選手でも、技術を極めれば世界最高峰の舞台で戦えることを、吉田正尚は自らのキャリアで証明し続けている。