ダルビッシュ有の剛腕 - 日本ハムから MLB へ渡った令和の大投手

日本ハムのエースとして

ダルビッシュ有は 2004 年にドラフト 1 位で北海道日本ハムファイターズに入団した。宮城県出身で、東北高校から直接プロ入りした。190cm を超える長身から投げ下ろす 150km/h 超の直球と、多彩な変化球を武器に、入団 2 年目の 2005 年から先発ローテーションに定着した。ダルビッシュの投球の特徴は、球種の多さにあった。直球、スライダーカーブカットボール、フォーク、チェンジアップ、ツーシームなど、7 種類以上の球種を操り、打者はどの球種が来るか予測できなかった。

5 年連続防御率 1 点台

ダルビッシュは 2007 年から 2011 年まで 5 年連続で防御率 1 点台を記録した。2007 年は 15 勝 5 敗、防御率 1.82。2009 年は 15 勝 5 敗、防御率 1.73。2011 年は 18 勝 6 敗、防御率 1.44。5 年連続防御率 1 点台は NPB 史上でも極めて稀な記録であり、ダルビッシュの圧倒的な実力を証明するものであった。この期間に沢村賞を 2 度、MVP を 1 度受賞した。日本ハムは 2006 年と 2009 年にリーグ優勝を果たし、ダルビッシュはエースとしてチームを牽引した。MLB での経験は、帰国後の NPB でのプレーにも大きな影響を与え、国際的な視野を持つ選手として後輩たちの手本となった。

MLB での活躍

2012 年、ダルビッシュはポスティングシステムを利用してテキサス・レンジャーズに移籍した。MLB 1 年目から 16 勝 9 敗、防御率 3.90 を記録し、新人王投票で 3 位に入った。その後、レンジャーズ、ドジャース、カブス、パドレスと渡り歩き、MLB 通算で 100 勝以上を記録した。ダルビッシュの MLB での成功は、NPB の投手が MLB でも長期間にわたって活躍できることを証明した。特にパドレス時代の 2022 年には 16 勝 8 敗、防御率 3.10 を記録し、36 歳にしてキャリアハイに近い成績を残した。ダルビッシュは 2023 年の WBC で日本代表として登板し、決勝のアメリカ戦では最後の打者を打ち取って優勝を決めた。

ダルビッシュ有の遺産

ダルビッシュの NPB 通算成績は 93 勝 38 敗、防御率 1.99。勝率 .710 と防御率 1.99 は、通算 50 勝以上の投手としては NPB 歴代トップクラスの数字である。NPB と MLB を合わせた通算勝利数は 200 勝に迫り、日本人投手として最高クラスの実績を残している。ダルビッシュは大谷翔平の二刀流が注目される以前の、NPB が生んだ最高の投手の一人である。その多彩な球種と圧倒的な投球は、NPB の投手のレベルが世界最高峰に匹敵することを証明し続けている。