球団データ分析部門の内側 - NPB の「見えない参謀」たちは何をしているのか

NPB アナリティクスの現在地

NPB の全 12 球団がデータ分析部門を設置しているが、その規模と成熟度には大きな差がある。先進的な球団 (ソフトバンク、DeNA、楽天など) は 10〜20 名規模のアナリストチームを擁し、専用のデータベースと分析ツールを運用している。一方、保守的な球団では 2〜3 名のスタッフが Excel ベースの分析を行っている段階にとどまる。MLB では各球団が 30〜50 名のアナリストを雇用し、機械学習エンジニアやバイオメカニクスの専門家を含む多様な人材を抱えているのと比較すると、NPB のアナリティクスは発展途上にある。しかし、2020 年代に入ってからの進歩は急速であり、トラッキングデータの導入を契機に各球団の投資が加速している。

扱うデータの種類と分析手法

NPB のデータ分析部門が扱うデータは大きく 3 種類に分けられる。第一はトラッキングデータである。トラックマンやホークアイといったシステムが投球の球速、回転数、回転軸、変化量、打球の速度、角度、方向を計測する。第二はスカウティングデータで、対戦相手の打者の弱点、投手の配球傾向、守備のポジショニングなどを映像とデータの両面から分析する。第三はバイオメカニクスデータで、選手の投球フォームや打撃フォームをモーションキャプチャで解析し、故障リスクの予測やパフォーマンス改善に活用する。分析手法は統計的手法が中心だが、先進的な球団では機械学習モデルを用いた予測分析も行われている。たとえば、投手の配球パターンを学習し、次の球種を予測するモデルや、打者の打球傾向から最適な守備シフトを算出するモデルが実用化されている。

データと現場の軋轢

データ分析部門と現場 (監督・コーチ) の関係は、NPB において最もデリケートな問題の一つである。データが示す最適解と、現場の経験に基づく判断が食い違うケースは日常的に発生する。たとえば、データ上は特定の打者に対して守備シフトを敷くべきだが、コーチが「あの打者は逆方向にも打てる」と主張して通常の守備位置を維持するケースがある。この軋轢の根底には、世代間の価値観の違いがある。現役時代にデータ分析が存在しなかった世代のコーチにとって、「数字が野球を知っているのか」という根本的な懐疑がある。一方、データ分析者側にも課題がある。分析結果を現場が理解しやすい形で伝えるコミュニケーション能力が不足しているケースが多い。成功している球団は、データ分析者と現場の間に「翻訳者」の役割を果たす人材を配置し、両者の橋渡しを行っている。

試合中のリアルタイム分析

データ分析部門の仕事は試合前の準備だけではない。試合中にリアルタイムで分析を行い、ベンチに情報を提供する役割も担っている。具体的には、相手投手の球速やコマンドの変化をイニングごとに追跡し、「5 回以降にストレートの球速が 2 km/h 落ちている」「スライダーの制球が乱れ始めている」といった情報をベンチに伝達する。打者に対しては、その日の調子に基づいて「今日は低めの変化球に手を出している」「初球のストレートを狙っている傾向がある」といったリアルタイムの傾向分析を提供する。ただし、NPB では試合中のベンチ内でのタブレットやPC の使用が制限されているため、情報伝達は紙のレポートや口頭で行われることが多い。MLB ではベンチ内にモニターが設置され、リアルタイムのデータにアクセスできる環境が整っているのとは対照的である。

アナリストのキャリアパスと人材不足

NPB のデータ分析部門が直面する最大の課題は人材不足である。野球の知識とデータサイエンスのスキルを兼ね備えた人材は極めて希少であり、各球団が獲得競争を繰り広げている。MLB では大学のスポーツアナリティクス専攻やMIT スローンスポーツカンファレンスなどを通じて人材パイプラインが確立されているが、日本ではスポーツアナリティクスを専門的に学べる教育機関が限られている。アナリストの年俸も課題である。NPB のデータ分析者の年俸は一般的な IT 企業のデータサイエンティストと比較して低い傾向にあり、優秀な人材が IT 業界に流出するケースがある。キャリアパスも不明確で、アナリストからゼネラルマネージャーへの昇進ルートが確立されている MLB とは異なり、NPB ではアナリストの組織内での位置づけが曖昧な球団が多い。データ分析の重要性が認識されつつある今、人材の確保と育成が NPB アナリティクスの発展を左右する最大の要因となっている。