「ストライク」の語源的矛盾
英語の「strike」は「打つ」「叩く」を意味する動詞である。野球の文脈では、打者がバットでボールを打つ行為が「strike」の原義に最も近い。実際、打者がバットを振って空振りした場合、それは「打とうとした (struck at the ball)」のでストライクと呼ばれる。ここまでは論理的である。しかし、打者がバットを振らずに見逃した球もストライクと呼ばれる。打者は「打って」いないのに、なぜ「打て (strike)」なのか。この矛盾は、初期の野球におけるストライクの意味が現代とは異なっていたことに起因する。
初期の野球 - 審判が「打て!」と命令していた
19 世紀の初期の野球では、ストライクゾーンという概念は存在しなかった。打者は自分の好きな球が来るまで何球でも待つことができた。投手は打者が打ちやすい球を投げることが求められ、打者はそれを打つ。これが初期の野球の基本構造であった。しかし、打者が延々と球を見送り続けると試合が進まない。そこで審判が介入するようになった。投手が打ちやすい球を投げたにもかかわらず打者が見送った場合、審判は「Strike! (打て!)」と宣告した。これは文字通り「その球は打つべき球だ、打て!」という命令であった。つまり、ストライクの原義は「打者に対する打撃の命令」だったのである。
「ボール」の語源も同様に意外である
ストライクの対義語である「ボール」の語源も興味深い。現代の野球では、ストライクゾーンの外に投じられた球が「ボール」と判定される。しかし「ボール」という言葉自体は単に「球」を意味するだけで、なぜ悪い球が「ボール」と呼ばれるのかは直感的にはわからない。初期の野球では、投手が打者の打ちにくい場所に投げた球に対して、審判が「Ball to the batter (打者への球)」と宣告した。これは「その球は打者にとって不利な球である」という意味であった。やがてこの宣告が短縮されて「Ball」だけになり、ストライクゾーン外の球を指す用語として定着した。ストライクもボールも、審判が打者と投手の間を仲裁する過程で生まれた言葉なのである。
ストライクゾーンの誕生 - 「打て」から「打てる範囲」へ
審判が「Strike!」と宣告する基準が曖昧だったため、やがてストライクゾーンという明確な基準が設けられるようになった。1887 年に現在のストライクゾーンの原型が規則化され、打者の膝から肩までの高さで、ホームベースの幅の範囲内に投じられた球がストライクと判定されるようになった。この規則化により、ストライクの意味は「打て!」という命令から「打てる範囲の球」という客観的な基準に変化した。しかし、言葉だけは「strike (打て)」のまま残った。現代の野球ファンが「ストライク」と聞くとき、そこに「打て!」という命令のニュアンスを感じる人はほとんどいない。言葉の意味は変わったが、言葉自体は変わらなかった。
日本語の「ストライク」- 意味を失った外来語
日本語における「ストライク」は、英語の原義からさらに離れている。日本の野球ファンにとって「ストライク」は「好球」「いい球」を意味する記号であり、「打て」という命令の意味は完全に失われている。日本語では「ストライクゾーン」「ストライクカウント」「ストライク先行」など、ストライクは純粋に野球用語として機能しており、英語の「strike = 打つ」という原義を意識する人はほぼいない。これは外来語が原語の意味を離れて独自の意味を獲得する典型的な例である。「ナイター (night game)」「デッドボール (hit by pitch)」など、日本の野球用語には和製英語が多く、英語圏では通じない表現も少なくない。ストライクは和製英語ではないが、日本語の文脈では原義とは異なる意味で使われているという点で、言語の変容を示す興味深い事例である。
言葉は起源を超えて生き続ける
ストライクの語源を知ると、野球の試合を見る目が少し変わる。審判が「ストライク!」とコールするたびに、そこには 19 世紀の審判が打者に向かって「打て!」と命じた声の残響が聞こえる。言葉は、その起源を忘れられた後も、形を変えながら生き続ける。サウスポーが球場の方角を忘れ、ダイヤモンドが正方形であることを忘れ、ブルペンが牛の囲いであることを忘れたように、ストライクも「打て」という命令であったことを忘れた。しかし、忘れられた起源の中にこそ、野球というスポーツの原初の姿が保存されている。投手が投げ、打者が打ち、審判がその間を取り持つ。ストライクという言葉は、野球の最も根源的な三角関係を、たった一語で表現しているのである。