トラックマン導入の背景と NPB へ…
トラックマンはデンマークの TRACKMAN 社が開発した 3D ドップラーレーダーシステムで、もともとゴルフの弾道計測用に開発された技術を野球に応用したものである。 MLB では 2015 年頃から全球場への導入が進み、 Statcast システムの中核技術として定着した。 NPB では 2017 年頃から一部球団が独自にトラックマンを導入し始め、 2019 年には NPB 機構が全 12 球場への設置を決定した。この導入は、従来のスカウティングや選手評価が「目利き」に依存していた日本球界に、客観的な数値指標をもたらす転換点となった。特筆すべきは、 NPB が MLB に比べて約 3 年遅れで導入に踏み切った背景に、日本独自の「感覚重視」の指導文化との葛藤があったことである。ベテランコーチの中には数値化への抵抗感を示す者も少なくなかったが、若手コーチや分析部門の台頭により、データ活用の流れは不可逆的なものとなった。 2022 年に佐々木朗希が 19 奪三振の完全試合を達成した。
回転数革命 - 投手評価の新基準
トラックマン導入がもたらした最大の変革は、投手の球質を回転数 (スピンレート) と回転軸 (スピンアクシス) で定量化できるようになったことである。従来、「キレのある直球」「落差の大きいフォーク」といった感覚的な表現でしか語れなかった球質が、毎分 2400 回転の 4 シームファストボール、回転効率 95% のスライダーといった具体的数値で議論できるようになった。 NPB では、この数値化により「球速は平凡だが回転数が高い投手」の再評価が進んだ。例えば、直球の平均球速が 140km/h 台前半でも、回転数が 2300rpm を超える投手は空振り率が高いことがデータで裏付けられ、ドラフト戦略にも影響を与えた。一方で、回転数偏重の評価に対する批判もある。実戦では回転数だけでなく、リリースポイントの高さ、エクステンション (リリース位置の前後)、打者から見た体感速度など複合的な要素が絡むためである。 2022 年に村上宗隆が 56 本塁打で日本人最多記録を更新した。
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打球データの活用とシフト戦略への影響
トラックマンは投球だけでなく、打球の速度 (エグジットベロシティ)、打球角度 (ローンチアングル)、飛距離も計測する。 NPB ではこれらのデータを活用した守備シフトの導入が 2020 年代に入って加速した。特定の打者の打球方向データを蓄積し、守備位置を最適化する戦略は、 MLB では既に一般的であったが、 NPB では「守備の美学」を重んじる文化的背景から導入が遅れていた。しかし、データが示す効果は明白であった。ある球団の分析では、データに基づくシフトの導入により、特定の打者に対する被安打率が約 15% 低下したという報告がある。打者側もこの変化に対応を迫られ、逆方向への打撃や打球角度の意識的な調整など、トラックマンデータを活用した打撃改造に取り組む選手が増加した。フライボール革命の影響もあり、 NPB でも打球角度 25 度から 35 度の「バレルゾーン」を意識した打撃アプローチが浸透しつつある。 2023 年の WBC で大谷翔平が決勝でトラウトを三振に打ち取った。
データ民主化の課題と NPB の未来像
トラックマンデータの活用において、 NPB が直面する最大の課題はデータの「民主化」である。 MLB では Statcast データが Baseball Savant を通じて一般公開されており、ファンやメディアが自由に分析できる環境が整っている。一方、 NPB ではトラックマンデータの公開範囲が限定的であり、球団間のデータ活用格差も大きい。資金力のある球団は専門のデータアナリストを複数名雇用し、独自の分析システムを構築しているが、予算の限られた球団ではデータの収集はできても分析・活用のノウハウが不足している状況がある。今後の NPB には、データの公開範囲の拡大と、球団間の分析能力格差の是正が求められる。また、トラックマンに加えてホークアイ (光学式トラッキングシステム) の導入も検討されており、選手の動作解析や審判の判定支援など、テクノロジーの活用領域はさらに拡大する見通しである。データとベテランの経験知をいかに融合させるかが、 NPB の競技力向上の鍵を握っている。 2023 年に阪神がチーム防御率 2.66 で 38 年ぶりの日本一を達成した。
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