手動スコアボードの時代
1950 年代から 1970 年代の NPB 球場では、スコアボードは人力で操作されていた。甲子園球場のスコアボードは 1934 年の開場時から手動式で、裏側に 10 名以上のスタッフが待機し、得点が入るたびに数字の板を差し替えていた。後楽園球場では 1960 年代に磁気反転式のスコアボードが導入され、電気信号で数字を切り替える半自動化が実現した。手動スコアボードの特徴は、他球場の途中経過を表示する際にラジオ中継を聴きながらスタッフが手作業で更新する点にあり、情報の遅延は 5 分から 10 分に及ぶこともあった。甲子園球場は 2019 年の改修まで一部手動式を残しており、その職人技は観光名所の一つとなっていた。
球場の歴史に関する書籍は Amazon で探せます
電光掲示板とデータ表示の革新
1980 年代に入ると、 LED 電光掲示板の導入が始まった。 1981 年に西武ライオンズ球場が大型電光掲示板を設置し、打率や防御率などの統計データをリアルタイムで表示できるようになった。 1988 年の東京ドーム開場時には、当時世界最大級のマルチビジョンが設置され、リプレイ映像の放映が可能となった。これによりファンの観戦体験は劇的に変化し、判定の妥当性をその場で確認できるようになった。 1990 年代にはカラー LED の普及により、選手の顔写真や動画広告の表示が可能となり、スコアボードは情報表示装置から総合エンターテインメント装置へと進化した。
大型ビジョン競争と演出の多様化
2000 年代以降、各球場は大型ビジョンのサイズと解像度で競い合うようになった。 2015 年に横浜スタジアムが設置したビジョンは縦 8m × 横 32m で、当時のプロ野球球場最大を記録した。 2023 年のエスコンフィールド北海道では、外野フェンス上部に全周 360 度のリボンビジョンを設置し、没入感のある映像演出を実現している。 PayPay ドームでは 2020 年にプロジェクションマッピングを導入し、選手登場時にフィールド全体を映像で彩る演出が話題となった。これらの設備投資は 1 基あたり 5 億円から 20 億円に達するが、広告収入の増加により 5 年から 7 年で回収できるとされている。
スタジアム技術の関連書籍も参考になります
データ表示の未来とファン体験
最新のスコアボードは、投球の回転数、打球速度、守備シフトの可視化など、セイバーメトリクス時代のデータをリアルタイムで表示する機能を備えている。 2024 年からは楽天モバイルパーク宮城で、トラックマンのデータを即座にビジョンに反映するシステムが稼働し、投球の変化量や打球角度を視覚的に表示している。将来的には AR グラスとの連携により、観客が自分の視界にカスタマイズされたデータを重ねて表示する技術の導入も検討されている。一方で、データ過多による観戦体験の複雑化を懸念する声もあり、情報量のバランスが今後の課題となっている。