1959 年天覧試合 - 昭和天皇が見守った世紀の一戦

天覧試合の背景

1959 年 6 月 25 日、後楽園球場で行われた巨人対阪神戦は、昭和天皇・皇后両陛下が観戦する「天覧試合」として開催された。プロ野球の試合を天皇が観戦するのは史上初のことであり、球界を挙げての一大イベントであった。当日の後楽園球場には 3 万人超の観客が詰めかけ、テレビ中継の視聴率は関東地区で 40% を超えた。両チームの選手たちは、天皇の前で最高のプレーを見せようと気合いを入れて臨んだ。 1959 年天覧試合

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試合の経過と村山実の力投

阪神の先発は 23 歳の村山実であった。この流れの中で、村山はこの年、防御率 1.19 で最優秀防御率のタイトルを獲得するシーズンを送っており、剛速球で巨人打線に立ち向かった。試合は投手戦の様相を呈し、 4 回に阪神が藤本勝巳の本塁打で先制した。しかし巨人も 5 回に王貞治の本塁打で同点に追いつき、 7 回には長嶋茂雄のタイムリーで逆転した。阪神は 9 回表に追いつき、 4-4 の同点で 9 回裏を迎えた。

長嶋茂雄のサヨナラ本塁打

9 回裏、巨人の長嶋茂雄が打席に立った。村山は渾身のストレートを投じたが、長嶋はこれを捉え、打球はレフトスタンドに飛び込むサヨナラ本塁打となった。巨人 5-4 阪神。天皇の前で劇的な幕切れを演じた長嶋は、ダイヤモンドを一周しながら帽子を取ってロイヤルボックスに一礼した。この場面は日本プロ野球史上最も有名なシーンの一つとして語り継がれている。村山は晩年まで「あの打球はファウルだった」と主張し続けた。

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天覧試合の歴史的意義

天覧試合は、プロ野球が日本の国民的スポーツとして認知された象徴的な出来事であった。天皇が観戦するという事実は、それまで「興行」と見なされがちだったプロ野球に社会的な格を与えた。長嶋と村山の対決は、巨人対阪神の「伝統の一戦」を象徴するライバル関係として、以後 60 年以上にわたって語り継がれている。この試合の視聴率 40% 超は、プロ野球中継の黄金時代の幕開けでもあった。