城島健司の強肩捕手 - NPB から MLB へ渡った鉄砲肩

NPB 最強の捕手

城島健司は 1995 年にドラフト 1 位でダイエーホークスに入団し、10 年間にわたって正捕手を務めた。城島の最大の武器は強肩であり、二塁送球タイムは 1.8 秒台という NPB トップクラスの数字を誇った。盗塁阻止率は常に .400 を超え、走者を釘付けにした。打撃面でも通算打率 .290、211 本塁打を記録し、捕手としては破格の長打力を持っていた。2003 年には打率 .330、34 本塁打、119 打点を記録し、ベストナインに選出された。攻守両面で NPB 最強の捕手と評された。

ダイエー黄金時代の司令塔

城島は 1999 年のダイエー初優勝から 2003 年の日本一まで、チームの司令塔として投手陣をリードした。王貞治監督は城島のリード力を高く評価し、「城島がいれば投手は安心して投げられる」と語った。城島のリードの特徴は、強気の配球にあった。ピンチでも逃げずにストライクゾーンで勝負する姿勢は、投手に自信を与えた。2003 年の日本シリーズでは、斉藤和巳をはじめとする投手陣を巧みにリードし、阪神を 4 勝 3 敗で下した。

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MLB シアトルでの挑戦

城島は 2006 年にシアトル・マリナーズに移籍し、日本人初の MLB 正捕手となった。1 年目に打率 .291、18 本塁打を記録し、MLB でも通用することを証明した。しかし、2 年目以降は故障に苦しみ、MLB 通算 3 年間で打率 .268、42 本塁打に終わった。MLB では英語でのコミュニケーションや、NPB とは異なる投手のリードに苦労したとされる。2010 年に阪神タイガースに移籍して NPB に復帰したが、膝の故障により 2012 年に引退した。

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城島健司の遺産

城島の NPB・MLB 通算成績は 1520 試合出場、打率 .282、253 本塁打。日本人捕手として初めて MLB でプレーした先駆者であり、その挑戦は後の日本人捕手に道を開いた。城島が体現した「打てる捕手」の概念は、古田敦也とともに NPB の捕手像を変えた。ホークスファンにとって、城島は黄金時代の司令塔であり、その強肩と豪打は今なお語り継がれている。城島は引退後、福岡で農業に従事しており、プロ野球とは異なる第二の人生を歩んでいる。