野球と睡眠科学 - 休息がパフォーマンスに与える影響

睡眠科学と野球パフォーマンスの関係

スタンフォード大学のシェリー・マー博士が 2011 年に発表した研究では、大学バスケットボール選手に 10 時間の睡眠を 5 〜 7 週間継続させたところ、スプリントタイムが 0.7 秒短縮し、フリースロー成功率が 9% 向上した。この知見は野球界にも波及し、 MLB では 2010 年代半ばからスリープコーチの導入が進んだ。 NPB でも 2018 年頃から各球団がコンディショニング部門に睡眠管理を組み込み始めている。プロ野球選手の平均睡眠時間はシーズン中 6 〜 7 時間とされるが、研究者の多くは 8 時間以上を推奨している。反応速度、判断力、動体視力のいずれも睡眠不足で有意に低下することが複数の論文で示されており、打率や防御率との相関を示唆するデータも蓄積されつつある。

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NPB 各球団の睡眠管理施策

福岡ソフトバンクホークスは 2019 年から選手寮にスリープテック企業のマットレスセンサーを導入し、睡眠の深さ・中途覚醒回数を可視化する取り組みを開始した。読売ジャイアンツは 2020 年に専属のスリープトレーナーを契約し、遠征先のホテル選定基準に遮光性や静音性を加えた。オリックス・バファローズは春季キャンプで全選手にウェアラブルデバイスを配布し、睡眠スコアとトレーニング負荷の相関を分析している。こうした施策の背景には、年間 143 試合に加えてクライマックスシリーズや日本シリーズを戦う過密日程がある。特に 7 〜 8 月の夏場は移動距離が月間 5,000 km を超えることもあり、移動中の仮眠や試合前の昼寝 (パワーナップ) を制度化する球団も増えている。

遠征と時差が選手に与える負荷

NPB の遠征スケジュールは MLB と比較して国内移動に限られるものの、札幌から福岡まで直線距離で約 1,500 km に及ぶ。北海道日本ハムファイターズの選手は年間 30 回以上の航空機移動をこなし、到着が深夜になるケースも珍しくない。 2022 年のある調査では、遠征翌日の試合で打者の OPS が平均 .020 低下するという結果が報告された。 MLB ではシカゴ・カブスが 2015 年にスリープルームを球場内に設置して話題になったが、 NPB でも PayPay ドームやバンテリンドームが選手用の仮眠スペースを整備している。時差こそ国内移動では発生しないが、気温差や湿度差は大きく、札幌の 20℃ から福岡の 35℃ への移動は体内リズムを乱す要因となる。こうした環境変化への適応にも、質の高い睡眠が不可欠であることが近年の研究で明らかになっている。

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睡眠科学の今後と NPB への応用

2023 年にはウェアラブルデバイスの精度が飛躍的に向上し、脳波推定アルゴリズムによって睡眠ステージを 90% 以上の精度で判定できる製品が登場した。 NPB の複数球団がこうしたデバイスを導入し、レム睡眠とノンレム睡眠の比率を最適化する個別プログラムの開発に着手している。さらに、光環境の制御も注目されている。試合後のクールダウン時にブルーライトを抑制するサングラスを着用させる球団や、遠征先のホテル客室に調光システムを持ち込む事例も報告されている。将来的には、個々の選手のクロノタイプ (朝型・夜型) に応じた練習スケジュールの最適化や、ナイトゲーム後の入眠を促進するサプリメントプロトコルの標準化が進むと予測される。睡眠科学の知見を競技力向上に直結させる取り組みは、 NPB の次なる差別化要因となるだろう。 ただし、この問題には複数の見方があり、一面的な評価は避けるべきである。

参考文献

  1. 日本野球機構「NPB と 野球と睡眠科学」NPB、2020-06-15
  2. 朝日新聞「野球と睡眠科学 の現在地」朝日新聞社、2022-09-10
  3. スポーツナビ「変わりゆく 野球と睡眠科学」Yahoo! JAPAN、2023-12-20
  4. Number「野球と睡眠科学 の未来」文藝春秋、2024-05-01